映像業界では、創作性と商業性の両立が大きな課題とされてきた。トンコハウスのビジネスモデルは、2つを両立させ業界の希望となっている。
この記事では、トンコハウスの事業内容や成功の要因について解説していく。
出典:トンコハウス
目次
1. トンコハウス設立までの流れと事業内容
トンコハウスが設立された経緯や事業内容について理解しておこう。
1-1. ピクサー出身者によって設立
2014年7月、堤大介氏とロバート・コンドウ氏によってトンコハウスは設立された。2人はもともとピクサーのアートディレクターとして、映像業界でのキャリアを築いてきた。
しかし、会社に与えられる仕事ではなく、自分たちのやりたい表現を形にしたいという思いから、2012年に短編映画「ダム・キーパー」を監督する。作品はアカデミー賞をはじめとしてさまざまな方面から高く評価された。
そのことをきっかけに、2人はクリエイターが成長できる会社で、やりがいを持って働く幸せを考えるようになる。やがて、2人はピクサーを退社して会社経営という新しい挑戦を始めたのだった。
1-2. くまモンのアニメ制作からワークショップまで
トンコハウスの事業内容は、創作活動に重きを置いている。
たとえば、2018年年頭に蒲島郁夫熊本県知事はトンコハウスによる「くまモン」アニメの制作を発表した。熊本県のマスコットキャラクターとして愛されてきたくまモンだけに、アニメ化は大きな驚きをもって迎えられた。
ただし、作るのはアニメーションだけとは限らない。トンコハウスは本やゲーム、教材なども積極的に手がけてきた。その他にも、少年少女を対象としたワークショップも開催している。「ダム・キーパー」鑑賞会のあとで、子どもたちといじめや人間関係などを話し合う内容である。
2. トンコハウスの掲げる理念はクリエイターありき!
クリエイターによる起業は、幅広く活動するためにどのような理念を掲げているのだろうか。
2-1. 収益だけにこだわらない
社名にトンコハウスの理念が込められている。「カンパニー」でも「チーム」でもなく、トンコハウスはクリエイターたちの家をイメージして経営されていると堤氏は説く。
優秀なクリエイターが出たり入ったりしながら、自由な創作環境を得られるのがトンコハウスの思想だ。
こうしたトンコハウスの理念が強く見られたのは、2019年4月27日から約1カ月新宿で開催された「トンコハウス映画祭」である。収益だけを考えれば、自社作品だけでプログラムを組んだほうがいい。
しかし、結果的には別の会社の作品も招待し、映画祭に彩を持たせた。トンコハウスの発想はあくまでクリエイターと作品から始まっているのである。
2-2. 会社の存続とは違う目的で働く
そもそも、堤氏もコンドウ氏もお金を稼ぐだけならピクサーにいたほうが安泰だったはずだ。二人がいたのは、「トイ・ストーリー」や「カーズ」などで知られる世界的アニメーションスタジオである。
しかし、2人はクリエイターたちが仕事ではなく、自由にものづくりを楽しめる場所を確保するため、トンコハウスを立ち上げた。そのため、会社の存続すら最優先事項ではないという。
トンコハウスは他の会社ではできないような、クリエイターの発想を大切にした創作を続けている。それが結果的に、多くの人々の心をとらえて離さないのである。
3. トンコハウスと他の映像会社との違い
どのような点が、他の映像会社と違うのかを確認しておこう。
3-1. 利益構造ではなくコミュニティを作る
「コミュニティ」は、トンコハウスのビジネスモデルを語るうえで外せないキーワードである。
そもそも才能あるクリエイターたちによって創設された会社なので、トンコハウスは人を集めることに意識的だ。そのためには、あえて利益がマイナスになる場所にも顔を出す。トンコハウス映画祭やワークショップ事業はその典型だろう。
しかし、トンコハウスはこれらの事業を将来への投資と考える。たしかに、先行投資した資金は回収できず、赤字が計上されている。
それでも、事業を通じて知り合った人脈はかけがえのない財産だ。彼らはトンコハウスが大きなプロジェクトを計画したとき、高確率で協力してくれるコミュニティになるのである。
3-2. アウェアネスが原動力
クリエイターが会社のために才能をささげる従来のスタジオとトンコハウスのあり方は一線を画している。トンコハウスが従業員に対して重要視しているのは「アウェアネス」だ。
トンコハウスでは、この言葉を衝動的な好奇心という意味で使っている。創作意欲を保ち続けるにはアウェアネスがなくてはいけない。もしも従業員が社外の活動により強く惹かれるなら、そちらに集中して欲しいとさえ堤氏は考えている。
そのうえで、彼らが社外で築き上げたコミュニティをトンコハウスにつなげてくれれば、これまで以上に面白い作品を世に出せるからだ。こうした柔軟な考え方は、クリエイターを囲い込みたがる映像業界において異端とも言えるだろう。
4. トンコハウスの抱えている課題
理想を現実化させているトンコハウスであるが、まだ課題も多い。
4-1. 日本社会の価値観とどう向き合うか
個人の力を信じ、業界全体の創作に対する意識を高めていこうとするトンコハウスの目標は崇高ですらある。そして、こうした堤氏やコンドウ氏の意見には、ピクサーで得た経験によって裏打ちされている。
しかし、トンコハウスのような理念を掲げている企業は、日本ではまだ少数派だろう。大半の企業は自社の利益を優先し、競合他社をいかに引き離すかという発想で仕事をしている。
仕事によっては収益すらも必要ないというトンコハウスと混じり合うのは難しい。それでも、会社の枠組みを超えて働く人が増えてきたのも事実であり、トンコハウスの経営方法が極めて異質とまでは言えなくなってきているだろう。
4-2. いかにして経営を安定させていくか
未上場で資本金が300万円のトンコハウスは、その評価から考えると規模の小さい会社である。そのため、決して経営状況が安泰とまでは言えない。
数々の名作を生み出し刺激的なイベントを開催している一方で、ひとつのトラブルが倒産の危険にもつながる。
以前、トンコハウスはハリウッド資本で長編映画を制作するべく奔走していた時期があった。しかし、さまざまな事情から企画は2018年に頓挫してしまう。
トンコハウスは大打撃を受け、経営の存続が難しくなるほどだった。ただ、キャラクターショップを開設するなど、さまざまな新事業でトンコハウスは利益増加を試みている。
5. トンコハウスの成功を参考に!起業家が取り入れるべきポイントとは
トンコハウスのビジネスには学ぶべき点が多い。特にこれから起業を考える人には、ぜひ参考にして欲しい。
5-1. 個人のスキルに目を向ける
企業が成長し続けるには、経営者はどうしても従業員に「企業のため」という考え方を強いてしまいたくなる傾向にある。
しかし、そのような取り組みが上手くいく可能性はそれほど高くはない。むしろ、企業への忠誠心が薄れて、作業効率が落ちていく可能性すらあるのだ。
最悪の場合、離職者が大量発生するだろう。トンコハウスは、自分たちをコミュニティと認識し、従業員にとって居心地のいい環境を整えた。こうした会社は、たとえ離職者が出ても何らかの形でまた関わりたいと思ってもらえるだろう。
経営者は従業員個人のスキルに目を向け、それぞれがやりたいことを引き出せる社風を目指そう。
5-2. ピンチには原点を見つめ直す
2018年の経営危機で、トンコハウスは自らの原点に立ち返った。そして、利益のために仕事をするのではなく、自分たちが面白いと思えるプロジェクトを掲げていこうという気持ちを再確認した。
そのため、焦って経営の路線転換などをせず、一貫した方針を貫けたのだ。この振る舞いが世間の評判を呼び、信頼回復へとつながった。
長く会社を経営していれば、浮き沈みも出てくる。経営状態が悪いときこそ原点からブレない選択肢をとることで、光明が見えてくる可能性もあるのだ。
6. トンコハウスのビジネスモデルは人に支えられている
人の力がなければ企業成長はない。そのことを忘れてしまうと、目先の利益ばかり優先するようになり企業から人が離れていく。
トンコハウスのビジネスモデルは、人から愛され人を愛しながら会社経営を続けることの幸せを教えてくれる。