日本の観光ビジネスは、海外で勝負するだけの力がないという。これは、星野リゾートを運営する星野佳路(ほしの よしはる)の持論だ。
温泉や世界遺産、名所などを有しながら集客ができない観光地は少なくない。
または、従業員の確保ができず満足のいくサービスが提供できないと、頭を抱える事業主もいる。
こうした現状の中で星野リゾートは、独創的なアイディアを具現化して次々とリゾート経営に成功している。
今回は、星野リゾートの代表である星野佳路の考えや星野リゾートの経営について迫る。
目次
1. 星野佳路がホテル経営の革命児と呼ばれるまで
星野佳路は1960年、長野県軽井沢に生まれる。実家は、軽井沢で「星野温泉旅館」を開業しており、星野佳路は4代目だ。
慶應義塾大学経済学部を卒業後、アメリカのコーネル大学ホテル経営大学院修士課程へ。帰国後は、いくつかの企業で経験を積んでいる。実際に代表に就任したのは1991年となる。
受け継いだものを手放して、リゾート経営に乗り出す
実家の温泉旅館は、100年以上続いた老舗旅館だ。
しかし、星野佳路は、ただ家業を継ぐというよりは、新たにリゾート経営へと乗り出すことを考えていた。
老舗旅館の伝統は受け継ぐものの、事業の内容はリゾート経営に乗り出すという改革を始める。
例えば、軽井沢にはリゾート経営後も「星のや 軽井沢」があるが、そのために所有していた土地や建物を整備して、一部を手放している。
日本のホテル経営では、事業継承という形で建物や伝統をそのまま受け継ぐのが、これまでのやり方だ。
本来であれば、星野佳路も同様に温泉旅館を引き継ぐところだったはず。しかし、これまでのやり方では生き残っていくことができないと結論を出す。
こうして、星野佳路は日本では類を見ない新しいリゾート経営に乗り出していく。
2. 所有と運営を分けた経営戦略
出展:株式会社星野リゾート
星野リゾートでは、「星のや」・「リゾナーレ」・「界」3つのスタイルを持つホテルと旅館、さらには日帰施設や「OMO」と呼ばれるビジネスホテルなどを手掛けている。
日常を忘れられる空間であったり、街を楽しむスタイルなど、顧客のニーズに合わせた施設やサービスが人気となり、今や日本を代表するホテルとして、星野リゾートは注目されている。
また同様に、温泉旅館からホテル・リゾート経営へと見事に成功した星野佳路のビジネス戦略には、学ぶべき点はもちろん日本では珍しい所有と運営を分けていることだ。
日本の旅館やホテルは、土地と建物を所有して運営を行なっている。
これによって、土地と建物を所有することで、景観や内装などにこだわることができ、競合にはない強みを活かすことができる。しかし、投資しただけ回収をしなければ、売上が伸びても利益を上げることができない。
当たり前のようにも思われるが、回収が上手くいかずに旅館やホテルが倒産してしまうことがある。
だから、星野リゾートではこの負の連鎖を断つために、運営と経営を分けたのだ。
2-1. 不動産投資信託会社の設立
実は、星野リゾート(株式会社星野リーゾート)は、全国に展開する宿泊施設の運営のみを行う会社だ。
建物や土地を買収して所有するのは、子会社である株式会社星野リゾート・アセットマネジメントである。
株式会社星野リゾート・アセットマネジメントは、不動産投資信託会社として「星野リゾート・リート投資法人」の資産運用を任されている。つまり、買収した建物や土地を星野リゾートの施設としてリニューアルさせ、出資者を募るのだ。
2-2. 不動産投資信託(REIT)のメリット
不動産投資信託のメリットは、他の投資より安定した配当を得ることができる。不動産の賃貸料などが配当の原資となるから手堅いのだ。
不動産の運営には、星野リゾートのようなプロが行うから、運用に関する不安はないにひとしい。
3. 星野リゾートの組織作り
星野リゾートの運営は、星野佳路の経営や戦略だけで成功しているわけではない。
星野佳路が考えるホテル経営に必要なことは、「人材」だという。
優秀な人材が集まってこそ、最高のサービスが提供でき、お客様のニーズに答えることができると考えるからだ。
代表である星野佳路が目指す組織は、各宿泊施設を任される総支配人、従業員の全て人が「言いたいことが言える環境にある会社」にすること。
星野佳路自身が提案をするばかりでなく、現場で働くスタッフの意見にも耳を傾けることが大事だと考えている。
どちらかの意見ばかりを通していては、不平が生まれ働くモチベーションに影響する。そうなれば、お客様へのサービスにも響くからホテル経営は傾いてしまう。
星野佳路は、このことを理解した上で組織作りをしているのだ。
3-1. フラットな組織の事例
例えば、こんな事例がある。
星野佳路は、年間60日はスキーをすることを決めている。
星野リゾートでも、スキーを目的として宿泊するお客様がいる。そこで、星野佳路が考えたのは、「チェックアウトを15時にして、帰る日もスキーを楽しんで欲しい」というもの。
ホテルの15時といえば、チェックインの時間でもある。それまでにシーツ交換や清掃を済ませて、お客様を迎える準備が必要である。
この案には、現場のスタッフもOKサインを出すことはできない。
しかし、現場スタッフは、代表のわがままだと切り捨てるのではなく、歩み寄れる方法はないのかと思案する。
こうして出された結論は、「チェックアウトを13時まで延長する」というものだった。
お互いに思案したことを提案する。
そこで、できる・できないで終わらせずに、可能にするにはどうしたらよいのか。
すぐに結論は出なくとも、意見できることを理想としており、関係が良好だとしているのだ。
3-2. スタッフは6割できてOK
星野佳路は、自身を完璧主義者という。
自身に厳しいあまり、他人へも厳しくなり求めるレベルが高くなってしまうのだ。
スタッフにとって、これは期待として受け止める前に「辛いな」と思うはず。優秀な人材を確保しても、すぐにやめてしまうことが考えられる。
企業や組織に属する人は、指示待ちをしてしまう傾向にある。
星野佳路の理想を押し付け、従業員に指示をして完璧を求めることもできるだろう。
しかしそれでは、良いモチベーションを維持しながら、スタッフは働くことができない。優秀な人材を集めても、スタッフが離れてしまえばホテル運営ができない。
スタッフに対しては、6割程度の出来を求める。これにより、決断を早めスピーディに対応していく能力がつく。足りないところはお互いに補えば良い。それだけの人材を確保しているという自負にもなる。
4. 今後の展望について
ホテル運営の革命児と言われる星野佳路でも、日本の観光は世界で勝負できるレベルではないという。
海外の大手ホテルチェーンの参入により、地元の温泉旅館や観光ホテルは、客離れも考えられる。だからと言って、外国人観光客を受け入れ、日本の伝統的な建物やサービスが喜ばれても、古い体質や語学力の低さは、お客様の目にはどう映るだろうか。
星野リゾートでは、コンセプトに合わせターゲットとするお客様が違う。ニッチな市場こそが喜ばれると考えているからだ。
ホテル運営の基盤ができつつある現在も、新しい展開を考えている。
さらに、若手の育成にも力を入れていくことを考えている。WEBやSNSに慣れ親しんでいる若手の方が、情報に敏感であり新しいものを吸収しようとする意欲が高いという。
こうした若手からも「魅力ある会社」として思われることが、人材の確保・育成に繋がることを星野佳路は知っている。
5. まとめ
ホテル経営だけでなく、優れたリーダーの必要な要素として、以下の5つを挙げている。
- 共感を得るコミュニケーション力
- 事実を正確に把握すること
- 決断する力
- 率直さ
- 質素倹約
引用:GLOBIS(知見録)
日本は、先進国でありながら英語が話せない人口が多い。また、他国のマナーや宗教にも知識が乏しいところがある。
相手を知らなければ、受け入れ満足のいくサービスを提供することはできない。「国内で勝負するからいい」というのは、もはや通用しないと捉えて欲しい。
ホテル経営の改革をしてきた星野佳路は言う。「サービスの進化が観光産業を育てていく」(B-plus)
誰か一人が頑張っていても組織のあり方や体質は変わらない。地域貢献できる文化をどう活かすのか。そして、安心して経営が任せられる人材を育成することの大切さを訴えているのだ。
今後の星野リゾートの展開と、星野佳路の動向にどれだけの人たちが共感して進めることができるのか、楽しみなところだ。