東京都千代田区に本社を置く株式会社プリファードネットワークスは、日本で有数のユニコーン(未上場で企業価値10億ドル以上の企業)とされるスタートアップ企業だ。数々の有名企業から多額の投資を受けるなど注目は非常に高い。なぜ同社が他企業から支持を集めるのか、その理由を同社のビジネスモデルを通して解説する。
目次
1.プリファードネットワークスはこんな会社
株式会社プリファードネットワークスは、IoT(InternetofThings=あらゆるモノがインターネットとつながること)分野を中心に、ディープラーニング(深層学習)の研究開発および普及を目指すスタートアップ企業だ。
同社は2014年3月に創業を開始してから、AIとIoT、エッジコンピューティングを基幹技術とし、さまざまな企業にAIの技術支援提供を行っている。特に交通システム、製造業、バイオヘルスケアを重点事業領域としており、NTTやトヨタ自動車、国立がん研究センターなどの企業・組織と提携している。
2.なぜディープラーニング(深層学習)をビジネスに活用しようとしたのか
ディープラーニングは、AIの学習手法の一つである。膨大な量のデータの中からコンピュータが特徴を洗い出すという、人間の脳にヒントを得た構造を持ち、第3次AIブームのきっかけともなった技術だ。
しかし、深層学習のプログラムを書くために利用するフレームワークについては従前、一般的に使われていたものは使いにくさが課題であった。また、ネットワーク分野は進化速度が激しく、ディープラーニングをビジネス現場で利用しようとしても確定したアルゴリズムの開発が追いつく状況になく、ビジネス現場に浸透させるには困難があった。
このようなディープラーニングの使いにくさに疑問を抱き解消しようとしたのが、プリファードネットワークス創始者の西川徹氏と岡野原大輔氏である。彼らは当時まだ東京大学の学生であったが、徐々に開発を進め、後にChainer(チェイナー)と呼ばれるソフトウェアを開発することになるのだ。
3.Chainer(チェイナー)とはどんなソフトウェアか
Chainer(チェイナー)とは、プリファードネットワークスが開発した基盤ソフトウェアの名称である。AIの深層学習技術を開発するために使う数式やコマンドの体系化が主な内容だ。Pythonをベースとしており、複雑なネットワークを簡単に設計できるパフォーマンス性が特徴のフレームワークとなっている。
2015年6月に、誰でも使用できるソフトウェアとしてオープンソース化されると、利用者を次々と獲得していった。プリファードネットワークスは、このような操作しやすいソフトウェアをGoogleやFacebookといった米国のインターネット大手企業よりも先に開発していたため、国内外からその高い技術力が認められることとなったのである。
Chainerは自動運転技術などの実現を支えるまでになっており、AIをさまざまな分野で活用させることに大いに役立っている。2017年には、「分散学習パッケージChainerMN」で大規模並列コンピュータを活用し、ディープラーニングの学習速度において世界最速(ImageNetの学習を15分で完了)を実現させた。
参考URL:【プリファードネットワークス】NEWS(2017年11月10日)
【プリファードネットワークス】NEWS(2018年12月3日)
4.デバイス同士を協調させるエッジヘビーコンピューティング
プリファードネットワークスが提唱するエッジヘビーコンピューティングとは、ネットワーク使用時に生じる処理能力低下などの症状を解消するために開発された技術である。
従来のネットワークでは、大量のデータを取り込むと処理が追い付かずエラーが発生するケースが多かった。そこで、ネットワークデバイスとエッジデバイスの両方に高度な機械学習のアルゴリズムを搭載し、データ同士を分散および協調させて処理することで大量のデータ処理を可能とする。
また、エッジヘビーコンピューティングでは処理のレイテンシー(遅延時間)を大幅に下げることにも成功している。デバイスに対してデータの転送などを要求して内部で処理をした後、その結果が返送されるまでの遅延時間を大幅になくすことで、デバイス同士をリアルタイムで協調させることが可能となった。
今後さらに研究が進めば、機械の故障予知、自動車の自動運転の制御などにも活用できる汎用的なアルゴリズムの開発が期待できる。
参考URL:【プリファードネットワークス】COMPANY
5.プリファードネットワークスの根底にあるポリシー
プリファードネットワークスは、IoTの普及と進化が新しい価値を生み出していることと、人工知能の進化によりさまざまな分野で実用化が進んでいることの2つに着目し、この2つの流れを融合させることで新たなイノベーションを起こすことを目指す。
また、長期的なビジョンとして、分散協調的なインテリジェンスを生み出すためのプラットフォームを提供することを掲げている。
5-1.あらゆる分野において技術を発揮できる
ネットワークに求められる使用方法などが日々変わっていく中で、デバイス同士が協調しあえる仕組みの構築を目指している。このような中長期的ビジョンを実現させるため、プリファードネットワークスでは、さまざまな分野の技術の専門家が集まり強力なチームを形成している。
プリファードネットワークスが目指す「あらゆるモノがインターネットとつながること」の実現とは、ネットワーク分野に限ったことではなく、製造業、金融業、医療分野など幅広い分野における実現である。
5-1-1.事例紹介(医療)
その証明の一つとして、2018年10月、ディープラーニングを用い少量の血液でがんを判定するシステムの共同研究を開始した。日本人の死亡原因の第1位であるがんを早期発見することの重要性に注目し、より高精度のがん検診の実現を目指して研究されるものである。これが成功すれば、少量の血液採取で14種のがんの早期発見ができるようになり、患者にとっても負担が少ないがん検査の普及が期待できる。ひいては、がん検診の受診率の向上や早期発見による死亡率の低減が見込まれるのだ。
このように、プリファードネットワークスは、ネットワーク分野のみならず、将来的には日本国内における健康寿命の延伸、医療費の削減といった医療分野にも貢献することをポリシーの一つとしている。
参考URL:【プリファードネットワークス】NEWS(2018年10月29日)
6.有名企業が相次いで出資するのはなぜか
プリファードネットワークスには、多数の有名企業が出資をしている。2017年8月には、トヨタ自動車からの約105億円の追加出資を受けた。そして、同年12月には、引受先を博報堂DYホールディングス、日立製作所、みずほ銀行、三井物産とする第三者割当増資に踏み切った。
引受額は約5億円に上り、これに加え2015年に資本提携したファナックもほぼ同額分の株式を取得したため、調達額の合計は約20億円となった。
これらの資金調達によって、プリファードネットワークスは財務基盤の強化や人材の確保を徹底し、より幅広い分野でイノベーションの実現を目指していく。
このような資金調達が可能である背景には、プリファードネットワークスに自前でAIシステムを開発・構築できる技術を持つ技術者が集結していることがある。
企業規模は小さいながらも、コンパクトさを活かし、小回りが利き臨機応変な対応ができることが同社の大きな強みだ。
実際に、プリファードネットワークスに研究者として採用されるための条件は厳しく、「メジャーな国際学会に継続的に論文を通していること」「自分の研究分野に対しては、世界で一番優れている(唯一といえる)要素があること」などの高いハードルが課せられている。
6-1.世界有数の技術者が集まる会社
同社の役員をはじめ研究者・技術者たちは、数々のプログラミングコンテストなどでメダルを獲得したり、海外のトップカンファレンスで論文が認められたりするなどの実績を持つ。また、プリファードネットワークスの研究者・技術者たちは、単に高い専門性を持つにとどまらず、他分野への理解を持ち、柔軟な発想と対応力に長けている。
よって、製品開発と研究開発が同じ組織の中で並行して実施できるのだ。そして、プリファードネットワークスが単にディープラーニングを研究開発しているだけの会社ではなく、開発されたシステムを製造業や医療分野などさまざまな分野で応用し、技術の発展に寄与している点が評価されていることも出資を集める理由である。